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東京高等裁判所 平成9年(ネ)1991号 判決

控訴人(被申立人) Y

訴訟代理人弁護士 渡辺隆夫

被控訴人(申立人) X

訴訟代理人弁護士 鈴木勝紀

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の本件申立てを却下する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

本件は、被控訴人が申立人となり、控訴人を被申立人として、新潟地方裁判所昭和五七年(ヨ)第一四五号不動産仮差押申請事件について同裁判所が昭和五七年四月二八日にした本件仮差押決定につき、本案訴訟の勝訴判決確定後一〇年の経過による被保全権利の時効消滅という事情変更を理由として、同決定の取消しを求めた事案であり、原判決は、仮差押後、その被保全権利について裁判上の請求がなされ、勝訴判決が確定した場合においては、仮差押による時効中断の効力は本案訴訟の確定判決に吸収され、時効期間は本案判決確定の時から新たに進行すると解するのが相当であるとしたうえ、本件においては、本案判決確定後一〇年を経過したことによって、本件仮差押の被保全権利が時効消滅したとの理由により、本件申立てを認容し、本件仮差押決定を取り消した。

本件事案に関する当事者の主張、争いのない事実及び争点は、次のとおり、当審における双方の主張を付加し、原判決三頁三行目の「土地」の次に「建物(以下「本件仮差押不動産」という。)」を加え、六行目の「右差押」を「本件仮差押」と改めるほかは、原判決の「理由」中の「二 争いのない事実」及び「三 争点」に記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  被控訴人の主張

(不動産の仮差押登記の存続にかかわらず被保全権利の消滅時効の中断事由が終了するとみるべき特段の事情)

控訴人は、本案の確定判決を取得したのであるから、いつでも強制執行が可能であった。にもかかわらず、控訴人はこの権利を行使しないまま一〇年以上の年月を徒過した。このような控訴人は、「権利の上に眠る者」というべきであるから、本件仮差押の登記が存在していても、仮差押による時効中断の効力は消滅している。

二  控訴人の主張(時効援用権の濫用)

被控訴人の右主張は争う。

控訴人は、本件仮差押決定を得たうえ、本案訴訟においても勝訴の確定判決を得た。そして、控訴人は、本件仮差押不動産等にかかる被控訴人の七分の一の持分について強制競売を申し立てたとしても、競落される見通しはなかったところから、本執行に着手せずに、被控訴人らに対し善処方を要求していたのであり、自らなすべき法的手段は尽くしたものであるから、控訴人は「権利の上に眠る者」ではない。

被控訴人の本件時効の援用は、事態の解決に向けてとるべき具体的な行動に出なかった被控訴人が自らの怠惰を利益に援用しようとするものであるから、時効援用権の濫用として許されない。

第三当裁判所の判断

一  原判決の「理由」中の「二」に記載の各事実、すなわち、控訴人が、控訴人と被控訴人との間の土地売買契約にかかる売買代金返還請求債権を被保全権利として、本件仮差押不動産につき本件仮差押決定を得たこと、控訴人は、新潟地方裁判所に対し、本件仮差押の本案訴訟として売買代金返還請求訴訟を提起し、昭和五七年九月二〇日、勝訴判決を得たこと、右判決は、そのころ確定したこと、被控訴人は、右本案訴訟の判決が確定してから一〇年を経過した後、控訴人に対し、右売買代金返還債務につき、消滅時効を援用する旨の意思表示をしたこと、については当事者間に争いがなく、また、本件記録によれば、本件仮差押不動産にかかる被控訴人の持分について、昭和五七年四月二八日受付をもって、本件仮差押決定に基づく仮差押の登記が経由されていることを認めることができる。

二1  そこで、控訴人が、本件仮差押の本案訴訟である被控訴人に対する売買代金返還請求訴訟について勝訴の確定判決を取得して一〇年を経過した後においても、右確定判決取得前にされた本件仮差押決定に基づく仮差押の登記が存続しているところから、本件仮差押による時効中断の効力は継続していると解することができるか否かについて判断する。

2  もともと、民法一四七条が仮差押を時効の中断事由としているのは、権利の上に眠る者の保護を拒否して、社会の永続する状態を安定させることを存在理由の一つとしている時効制度の下において、仮差押が、債権者においてその権利の上に眠っていない者であることを表明する行為として評価することができるとしたからであると解される(大審院昭和一四年三月二二日民事聯合部中間判決・大審院民集一八巻二三八頁参照)。そして、不動産仮差押手続は、登記簿へ仮差押の登記をなすことによって執行が行われるものであるから、仮差押命令の執行行為として仮差押の登記が経由され、右登記が存続している以上、債権者が権利行使の意思を継続して表明しているものとして、右仮差押による時効中断の効力が継続しているものというべきであるところ(最高裁昭和五九年三月九日第二小法廷判決・裁判集(民事)一四一号二八七頁、最高裁平成六年六月二一日第三小法廷判決・民集四八巻四号一一〇一頁参照)、この理は、仮差押債権者が、その本案訴訟において勝訴の確定判決を取得した場合においても何ら異なるものではなく、仮差押による時効中断の効力は、右確定判決に吸収され、消滅時効は右判決の確定の時から新たに進行すると解すべきではないから、債権者において、仮差押の目的不動産に対し本執行を行えば債権の回収を図ることができるのにかかわらず、長年月にわたり、本執行の申立てを怠り、これを放置していたなど、客観的にみて権利行使の意思を撤回し若しくは権利行使を断念ないし放棄したものと推認することを相当とするような特段の事情が認められない限り、仮差押の登記による債権者の権利行使の意思の表明は存続し、不動産の仮差押による時効中断の効力は本執行が終了するまでなお継続するものと解するのが相当である。

3  進んで、本件において、右特段の事情が認められるか否かについて検討する。

前示の争いのない事実、証拠〈省略〉及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、A(以下「A」という。)の事実上の長男(戸籍上は二男)であり、Aが昭和五三年六月一五日に死亡した後はいわゆる農家の跡継ぎとされていた者であったこと、Aの相続人は被控訴人を含め七人の子であり、その法定相続分は各七分の一であったこと、控訴人は、被控訴人から、Aの財産は農家の跡継ぎである被控訴人が一人で相続することで話がついている旨の説明を受け、昭和五四年一月二一日及び同年三月二四日、被控訴人から、A所有名義の新潟県五泉市〈以下省略〉・畑・一六三九平方メートルのうち計三五〇坪分を買い受け、売買代金全額を支払ったこと、しかし、控訴人が右土地についての所有権移転登記を受けられないでいるうちに、昭和五五年八月五日受付をもって、右土地を含むAの相続財産に属する不動産の全部について相続人七名の法定相続分による相続登記(ただし、原判決別紙物件目録記載の建物については、所有権保存登記。)が経由されたこと、その後も共同相続人との事態解決に向けての話がうまく進まなかったため、控訴人は、昭和五七年四月二七日、新潟地方裁判所に対し、右売買の目的物の七分の六に当たる履行不能部分に相当する代金の減額請求の意思表示をしたことを理由とする売買代金返還請求債権を被保全権利として本件仮差押を申請し、本件仮差押決定を得たこと、同決定に基づき、昭和五七年四月二八日受付をもって、本件仮差押不動産にかかる被控訴人の持分七分の一について仮差押の登記が経由されたこと、そして、控訴人は、引き続き、本件仮差押の本案訴訟として売買代金返還請求訴訟を提起し、昭和五七年九月二〇日、勝訴判決を得たこと、同判決はそのころ確定したので、控訴人は、同年一〇月二六日執行文の付与を受けたものの、Aの相続財産について法定相続人間で遺産分割協議が成立していない状況の下において、本件仮差押不動産等にかかる被控訴人の七分の一の持分について強制競売を申し立てても、競落される見通しもなかったところから、本執行を控え、被控訴人や他の共同相続人らに対し善処方を要請していたこと、しかし、被控訴人を含む共同相続人らからは事態の解決に向けての具体的な提案等を得られないまま、本案判決の確定後一〇年が経過したこと、以上の事実を認めることができる。

右の認定事実によれば、控訴人は、本件仮差押不動産について本件仮差押決定を得た後、速やかにその本案訴訟を提起し、昭和五七年九月二〇日勝訴判決を得たところ、同判決はそのころ確定したので、同年一〇月二六日執行文の付与を受けたものの、Aの相続財産につき遺産分割協議が成立しない状況の下において、本件仮差押不動産等にかかる被控訴人の法定相続分である七分の一の持分について強制競売を申し立てても、競落される見通しもなかったところから、本執行を控え、被控訴人や他の共同相続人らに対し善処方を要請していたが、被控訴人を含む共同相続人らからは事態の解決に向けての具体的な提案等を得られないまま、本案判決の確定後一〇年を経過してしまったというのであるから、本件においては、右特段の事情が存在するものと認めることはできないというべきである(もっとも、控訴人は、本案の確定判決により確定した権利について、改めてその消滅時効を中断するため格別の手段を講じていないが、弁論の全趣旨によれば、本件仮差押不動産についての仮差押登記が存続中は被保全権利の消滅時効が進行しないという理解を前提として被控訴人らに善処方を要請し、その対応を待っていたと窺われるところであるから、右の事実をもって、直ちに控訴人が「権利の上に眠っている者」であることの徴表とみることは相当でないというべきである。)。

本件において、他に右特段の事情が存在することを認めるに足りる証拠はない。

4  以上によれば、控訴人が、本件仮差押の本案訴訟である被控訴人に対する売買代金返還請求訴訟について勝訴の確定判決を取得して一〇年を経過した後においても、右確定判決取得前にされた本件仮差押決定に基づく仮差押の登記が存続しているところから、本件仮差押による時効中断の効力は継続しており、したがって、本件仮差押の被保全権利であって本案訴訟についての確定判決により確定された本件売買代金返還請求債権は未だ時効により消滅していないものというべきである。

三  右のとおりであるから、本件仮差押決定について事情変更による取消しを求める被控訴人の本件申立ては理由がないから却下すべきであり、これを認容した原判決は不当であるから、これを取り消すこととし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩崎勤 裁判官 橋本和夫 川勝隆之)

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